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1.接触

 

かつんかつんと踵が鉄製の梯子を鳴らす。

 「いよいよだ」

 空飛ぶ鉄の塊。シエルワルフィスは今日めでたくお空デビューを果たす。

 様々な新聞社にやれ飛ぶはずがないとやれ税金の無駄遣いなどと、叩かれまくった

 この鉄の塊は長年の時を経て、ついに飛び立ってしまうのだ。

 記者どもは手のひらをくるりとかえし、この鉄の塊への乗船券を奪い合う滑稽な

姿は見物であったものだ。乗船券は平等に抽選で決められ、運良くそのわずかな乗船券を

手に入れた少年は連れの少女を放ったらかしたまま、どんどん上へ進む。

 「ちょ、ちょっと!!追いつけないじゃないの!!もうちょっとゆっくり!」

 「仕方ないね」

 少年は亜麻色の髪を揺らしながら

振り向く。深い藍色のたれ目は無機質なもので少女をまるで見下しているかのようで

あった。 実際、彼は梯子の天辺から彼女を見下ろしている。

 彼女は彼の頭に張り付いているゴーグルの反射にまぶしそうに目を細める。

 「ひどい面倒臭がりなのにこの飛空船には興味津々なのね」

 少し風の強い日であった。彼女のセミロングの鮮やかなラズベリー

色の髪は彼女の顔面で大暴れしている。

 「鳥のような体験ができるんだ。本当に王子さまさまだね。まったくどんな

魔術式を組めばこんな強力なエンジンが出来上がるのだか」

 「貴方も数年前は反対派だったくせに」

 「ま、こんなデカブツみたら誰でも思うさ。

こんな大きな鉄の塊の飛翔デモンストレーションを見せつけられた暁にはもうその場で

腰を抜かすほど感動したね」

 「…貴方あれで感動していたわけ?」

 今でも少年の顔は無表情に毛が生えた程度のものが展開しているだけである。当時も

 その眠そうなたれ目に多少の白目が追加された程のものであった。

 「や、あれでも頑張った。僕が目つき悪いの気にしていることを知っていて言ってる?君」

 「もうなんだっていいわ。さっさとその足を動かして頂戴」

 「おっと…後列様がお怒りだ」

 彼女の言葉にようやく足を動かした少年は船内へたどり着く。

よじ登るように甲板へあがった先には人でにぎわうエントランス。

 「おぉ、なかなか豪華」

 船内は柔らかなカーペットが敷かれ、

シャンデリアが天井から光の雨を降らしている。

 「素敵!!汗だくになって登ったかいがあったわ!」

 先ほどまで文句を言っていた少女の機嫌はその光景を

見た途端になおっていた。

 「わざわざ非常用の梯子を使うだなんて!とかぶつくさ言ってたくせに」

 甲高い声を出して少女の声真似をした少年を彼女はギロリと睨んだ。

 「うるさいわね〜。あ、お店があるわ!!行きましょ!!!」

 今度は少女が先行していく。少年はその無表情だった顔にくっきりと

嫌な表情を浮かべながら少女に腕を掴まれ、そのまま引きずられるように

店の前まで連行される。

 「ねぇねぇこれ買って!船内の部品をイメージしたアクセだって!!」

いつだってどこにでも展開する“この店限定”のお決まり文句に

 まんまと引っかかった彼女は並べられたアクセサリーに興奮を抑えきれない。

 「やだ、高いし興味ない」

 対照的に心底興味なさげにバッサリと切り捨てたいつも通りの彼に

彼女はがっくしと肩をおろす。

 「貴方珍しく飛行船には興味あるんじゃなかった!?」

 「それとこれとはまた別。あーやだやだ女の買い物は長ったらしくて干からびちゃうよ」

 「もう!貴方は勝手に船内でも見てらっしゃい!!」

 「じゃ、遠慮なく」

 少年はひらひらと手をふり、船内を歩き回る。行きかう人々はまだ飛び立ってもいない

外の景色や船内店に目を向けてばかりであった。全く嘆かわしい。一番の見所はここだ。

 少年はあたりを見渡し、誰もが一人一人何かに目を向けていることを確認した。

 「そう、一番の見所はここだっていうのに」

"スタッフオンリー"

その無骨な扉には大きくその一言だけが赤く赤く書かれていた。そのドアノブへ

少年はゆっくりと手をかける。

 

 

進行方向は快調。風は少し強めだけどもそれはそれで趣があるというものだ。

 船出にはふさわしい日であった。

 「安定しました。しばらくは大丈夫でしょう」

 船長は舵から手を離す。舵は従来の海を泳ぐ船のものとは形状は全く

違っていた。一見はただの鉄の板。しかし、一度手のひらが触れると

 それは複雑な魔術式を映し出す。船長室はあたり一面を覆うガラスにより、

まるで空中に放り出されたかのような景色であった。ガラスには様々な

幾何学模様が表示され、常時チカチカと何かを知らせてくれている。

まあ、特等席に座っている自分には全くもって何がなんだがわからないのだが。

 「では、少し出歩いて回っても良いと言うことだな?」

 「えぇ、お気をつけて行ってらっしゃいませ、ルフィト陛下」

 「あぁ、行って…うっ」

 豪奢な服には無駄に多い金具がつきものだ。ふわふわもこもこの

心地よい椅子に引っかかったそれにルフィトの体は引き戻された。

 「こほん…少し外の風に会いに行ってくる」

ルフィトは引っかかっていた金具を慎重に外し、改めて先ほどのやり取りを

 やり直した。飛行船の縁は風が強く、整備用にしか移動に使わないため最低限の

足場しかなかった。鉄を編んだ床の上を歩くのはスリルがある。

 手すりに掴まりながらゆっくりと歩いて行くと進行先にはいるはずのない

人の影があることに気づく。

 

 

 

 

 

鉄で編まれた床、整備用通路の下では雲が忙しなく通り過ぎて行くのがわかる。

おそらくここが一番、空を飛んでいるという実感の湧く場所だろう。

 船内がいくら広かろうが彼にとっては窮屈である。

しばらく手すりにもたれかかっていると鉄をかつんかつんと鳴らす足音が聞こえてきた。

まずい、ばれたかもしれない。

 「ここ、いいだろうか」

 手すりにもたれかかったまま、その人物の足元を覗き見ると

品質のよさそうなブーツが自分の横で静止していた。

 「ん?どうぞ」

 拍子抜けだった。てっきり咎められるのかと思っていた。

 自分と同じく手すりにもたれかかったその人物は誰もが知るあのお人だ。

 「王子…だよね?」

 「あぁ、いかにも。私はクルヴァス国王子にして王、

ルフィト・クルヴァスだ。ところで君は?」

 嫌に自分の身分を強調する所に少年は疑問を抱いた。

 「僕?僕はロワ」

 「時にロワ、どうしてこんな場所へ?」

この飛行船を作り出した王子、もとい陛下ルフィトはなんら驚いた表情を見せること

 なく自然体でロワに質問をした。

 「この空泳ぐ鉄の塊のチケットをゲットできたからかな」

 「君は面白いことを言うな」

 「そういや王子。今日はキラキラしていないね」

 「…キラキラ?」

 「うん、毎日嫌でも紙の中の世界で見るからわかるんだ。今日の王子はちょっと

 くすんでいるよ」

ロワは非常に失礼な言葉をルフィトへぶつけた。

 「……そうだろうか」

ルフィトはぶつけられた言葉に対して怒ることもなかった。

 心の広い王である。

 「もう王子がどうして歳をとらないのかなんて気にならなくなって

 いたのに変だね」

クルヴァス国のルフィト王子もとい陛下はこの数十年見た目が変わらないことで

有名である。そのため、各国では不死王として恐れられている。

 現に横にならんでいるルフィトはロワとそう変わらない年代にしか見えない。

 「やっぱり常に見守られている国民の目はごまかせないな。君は的を射ている。

 私はルフィトではない」

 彼はロワの方へ向き、自らの銀髪に触れる。彼の真っ赤なつり目はまっすぐ

 ロワを見る。

 「私は影武者だ」

 「…知ってた」

 「へ?」

ロワの意外な返答にルフィトの影武者は驚きを隠せなかった。

 「キラキラしてないしね」

 「そ、それだけか!?」

 「本当のルフィト王子陛下はキラキラしてて、まるで雪みたいな人だよね。

ん?雪じゃ溶けちゃうから違うか。あの人は姿が変わらないからね。

それにしても見た目だけはそっくりだ」

ロワは空を見るのをやめ、ルフィトの顔をじっくりと眺める。

 「私はあの人の複製品だからな。最近の魔法技術は禁忌とも言える域に達している」

 彼の言葉から察するにただの影武者ではないようだ。いくらなんでも似すぎている。

 影武者の彼は完璧なコピーであった。

 「空泳ぐ鉄の塊ができちゃうくらいだもんね」

ロワは再びぷいっと顔を背け、空を瞳に写した。

 「…ロワと言ったな。一つ頼まれ事をしてはくれないか?」

 「面倒なのはやだよ?」

 唐突な言葉にロワはルフィトに向き合うこともせずに冷たく言い放った。

 「本当の王にこれを渡して欲しい」

ルフィトは内ポケットから手紙を取り出す。

 「届けるまでいかなくてもいい。せめて内容だけでも王の耳にいれて欲しいのだ」

 「君が届けに行けばいいじゃないか」

ロワのその言葉に彼の顔は曇る。今にも泣きそうな顔を見せた彼は

 ロワへ手紙をぐいっと突きつける。

 「国民の思いが入っているそうだ。私に一人の少女が渡しにきた。

だが、私は王に渡すことはできない…。なぜなら………私は今日、殺されるからだ」

 「…」

 「このままじゃこの手紙は誰の目にもとどまることなく、私と朽ちていく。

 頼むからそれを持っていますぐこの場から逃げてくれ…」

ルフィトの影武者は大粒の涙を空へ落としながらロワへ手紙を押し付ける。

 「不死とか脅威とかで王子はよく狙われているもんね。

この船は恰好の暗殺スポットってわけだ」

ロワは心底興味のない顔をルフィトの影武者へ向ける。力が入りすぎて

 くしゃくしゃになった手紙をロワはさりげなく受け取り、丁寧に伸ばす。

 「わかった、届けるよ」

 「本当か!!?」

ルフィトは深く安堵のため息をつく。安心仕切った顔へロワは水を差す

 ことを言い放つ。

 「ところで…死なないといけないの?」

 「…影武者の定めだからな。すでにこの船には暗殺者が入り込んでいると

聞いている。逃げられやしない」

 「本当は?」

 「……死にたく…ない…」

かすれた声で出てきたのは悲痛な叫び。

 顔を覆った彼の肩へロワはそっと手を置く。

 「そっか…なら王子二号はちょっと屈まないと死んじゃうかもね」

ロワは影武者へ置いた手にぐっと力を入れ、彼を床へ無理矢理ねじ伏せさせる。

 「っ!?」

 「ちぃ!!お前仲間じゃなかったのか!!」

 影武者の頭上を大剣がかすめる。彼の背後にいたのは黒装束の大男。

 先ほど話していた時に奴は背後からやってきていたのだ。

 「うわぁ、暗殺者なんて初めて見た」

ロワは床に尻餅をついていた影武者を無理矢理起こす。

 「どうして…面倒臭いのは嫌じゃなかったのか!?」

 「さ、立って立って。このままじゃ巻き添え食らう僕がかわいそう

 だし、目の前で殺されるのも色々と面倒。それにね…僕は多少くすんでいる

 ぐらいが好き」

 影武者はロワに腕を引かれて転びそうにもなるが、なぜか笑いが止まらなくなる。

 「ははは、やっぱり面白いこというね!

ところで失礼なことを言ってもいいだろうか?」

 「手短によろしく」

 「私は初め、君が暗殺者なのだと思っていた」

 「そりゃないや」

 「待ちやがれぇ!!!」

 怒号をあげ、迫りくる暗殺者を背に走りだした

 ロワはポケットから通信機を取り出す。

 「もしもし、ユヴィ?」

 『ロワ?貴方どこほっつき歩いているのよ!どこ探してもいないじゃない!!』

 受話器から飛び出してきた大声にロワは思わず体を反らす。

 「ちょっとピンチ。手をかして」

 『はぁ!?』

 「ねぇ王子二号。この船、脱出用の小型の船ってないの?」

 「たしか…あった気がする!」

 『王子二号?』

 「じゃあ王子二号先いってて。後で僕もいく」

ロワは影武者を突き飛ばす。直後暗殺者の大剣が鉄を編んだ床を抉る。

 鉄をもたやすくねじまげるほどの威力に影武者は震えあがる。

 「ロワ!!」

 「…ほら、早く小型船探してきて。じゃないと僕が死んじゃう」

 「わ、わかった!!」

ロワは影武者が逃げたのをちらりと確認する。目の前には不敵な笑みを浮かべた

大男。奴の筋肉質な体に並ぶと華奢な体つきのロワがより一層小さく見える。

 「お前はやつの従者か何かか?」

 「ううん 、ただの田舎者」

ロワは腰のあたりのホルスターに入れられた短剣の柄に手をかける。

 魔術式が瞬く間に広がり、カチリとホルスターのロックが外れる音がした。

するりと出てきたのは真っ赤な刀身。それをロワはぐっと構える。

 「田舎者だぁ?」

 訝しげな顔を見せた大男へロワは短剣の切っ先をまっすぐ向けた。

 「戦闘は毎日仕方なくやってる」

 「なるほど、あの隅っこ出身か…」

 黒装束の大男は大剣を構え、その大男は哀れみを含んだ笑みを見せる。

 「かわいそうな坊やだ。王子にとりいるつもりだったんだな。だが、それも叶わず

 お前は死ぬ」

 「勘違いしないでよね 、そんな理由じゃないから。ユヴィ、聞こえてるよね?」

 『何が何だかさっぱりだけど、なぜか貴方がピンチだということはわかったわ』

 「じゃあ王子二号と小型船に乗って僕を助けにきて」

 「それはむりだな、その短剣とこの俺の大きな機械剣じゃお前は

一瞬で粉々だ。安心しな、お前の肉片は空に撒いて供養してやる」

 「そんなことしたら成仏しないでおじさんを呪うからね」

ロワはピクリとも表情を動かさず、その大剣をさらりとよける。

 大剣は再び鉄を編んだ床を抉り取る。せっかくのシエルワルフィスが

穴ぼこである。

 「く、ちょこまかと…」

 予想以上の俊敏さに驚いていたものの大剣をすぐに構え直す所は流石

 伊達に暗殺稼業していない。

 「もう歳なんじゃない?おじさん」

 「調子に乗るなよ…」

 黒装束の大男は大剣の柄にあるレバーを引く。

 「…なにそのカラクリ剣」

 「はぁあああ!!」

 「っ!!」

 黒装束の大男の大剣を振る速度が急に上がった。紙一重でよけたロワは

大剣のかすめた頬を押さえる。

 「なるほど…それで機械剣か。ずるいね」

 「さぁこれでおあいこだ。さくっと料理をするとするか」

 

 

「はぁ、はぁ…早くしないと…」

 小型船がある場所までに他の暗殺者が

 いないという保証はない。影武者は精一杯足を動かし、

 格納庫へ急ぐ。

 「ルフィト王子だな」

 進行先には先ほどの黒装束。大男とは違い、華奢な体型である所をみると

恐らく女性だろう。今の自分は丸腰だ。対して相手は手練れであろう暗殺者。

 喉が張り付くほど乾いた。

 「不死王、貴様を討つ!!」

 「そうはさせないわよ!」

 二発の銃声。一つは床に、一つは女性へめがけて炸裂する。

 「魔装弾!?」

 床に当たった弾からは魔術式が描き出される。床いっぱいに広がった魔術式に

黒装束の女性はその場に磔にされた。

 「くっ!!魔法使いめ…」

その暗殺者の声色には深い憎しみが込められていた。

 「うっわ〜本当にルフィト王子陛下なのね。

でも二号ってどういう意味?」

 「君がユヴィ?」

 「そうよ、ユヴィーリアよ。よろしくね

王子二号さん」

ユヴィーリアの手には拳銃が握られていた。本来、少女が持つべきものではない代物だ。

 「君たちは一体…」

 「私たちは隅っこ出身のラッキーな乗船者よ」

 影武者の手はユヴィーリアにとられる。

 「さあ、あの変わり者を助けにいくわよ」

 「あ…あぁ!!」

 格納庫にはピカピカと輝く小型船。魚を模ったようなそれがどっかりと

鎮座していた。

 「ところで小型船の操縦ってできるかしら王子二号さん?」

 

  

 

 

鉄を編んだ床の目はもうずいぶんと荒くなってしまった。一歩踏み外せば大空へ

 スカイダイビング状態だ。まるで針山のようになってしまった床にある一つの

鉄の棘に引っかかったロワはその場でバランスを崩す。

 「あぅ」

 「これで終いだ」

 「うぅ、これはまずいかも…なんてね」

ロワはほつれて穴の空いた床から身を投げ出す。

 「なっ!?自ら落ちただと!!?」

 大空に身を投げ出したロワは両手を広げ、気持ち良さそうに風に身を任せる。

ロワの落ちる先にはユヴィーリアと影武者の乗る小型船がやってくる。

 「ロワ!!」

 魚を模った小型船の屋根が開き、そこにはロワと同じく手を広げた

 ユヴィーリアが待っていた。

 「グッドだよユヴィ」

ユヴィーリアは落下してきたロワをしっかりと受け止める。

 「ありがと、僕の騎士様」

 「これ、普通立場逆じゃないとおかしいわよね!?」

ユヴィーリアはロワをその場でぼとりと落とす。ぐへっと声を漏らし、

ロワは倒れたまま運転をしている影武者の顔を覗き込んだ。

 「へぇ、運転できたんだ」

 「ロワ、無事でなによりだ。ちなみこれは適当に運転している。助けてくれ」

 影武者の顔は死にそうなくらい青ざめており、鉄板のような

舵へ当てた手はぶるぶると震えている。

 「無茶言わないでよ王子二号。僕だってこんな鉄板みたいなへんてこ

操縦機械みたことない」

 「本当にシエルワルフィスでの船長の真似事をしているだけなんだ!!助けてくれ!!」

 彼の悲痛な叫び声が今の状況がどれほど深刻か物語っている。

 「なんか高度下がってない?」

 「王子二号…んと、王子二号…なんて呼べばいい?ずっと気になってて」

ロワはどんどん下がる浮遊感を肌で感じながらも呑気であった。

 「ちょっと今それどころじゃないでしょ!!」

 「上がらないぃいい!!」

 「ねぇ、エフィト王子陛下二号略して

 ツヴァイでどう?」

 

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