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2.懐疑

 

 

空泳ぐ鉄の塊が上空にぼんやりと見えた。視界がはっきりしてきたころでも

自分が今どんな状況に陥っているか全く持って理解できなかった。

痛む体を無理矢理起こすとそこは少し薄暗い森のなかであった。

小型船が落ちたせいで森には空へ向かってぽっかりと穴が空いてしまっている。

「いたた…全員無事かしら?」

ユヴィはあたりを見渡す。静かな森であり、少しひんやりと冷たい。

舞い上がった土の匂いが鼻をつく。

「なんとか…」

ひょっこりと顔を出したロワは気絶している王子二号略して

ツヴァイを揺する。

「生きてる?死んでいたら僕たちの苦労が水の泡だからね?」

「貴方は相変わらず色々とずれているわね」

「うぅ…生きてる…生き…てる…」

目を覚ましたいなやツヴァイは顔を覆って滝のような涙をながした。

見ているこっちまで泣きそうだ。

「大丈夫かな?どっか頭でも打ったかもしれないね」

「平気だぁ…生きてることが嬉しくて…もう、胸がいっぱいで…」

しゃっくりをあげながら泣き続けるツヴァイを二人は泣き止むまで

待ってあげた。

「この小型船自体に緊急時用の防御魔法が組み込まれていたのね」

「船の損傷を見るとそうみたいだね。いくらなんでも綺麗過ぎ」

細かな傷はついてはいるが、機体はつるりとしていて光ってすらいた。

最近の魔法の技術は便利なものだ。

「この高い技術と不老不死の秘密は各国には喉から手が出るほど欲しい代物

なのだ。だからよく狙われる」

目を赤く晴らしたツヴァイは小型船の機体を撫でながらつぶやく。

「僕の推測からすると今回襲ってきたやつらは機械大国オルティアージェからの

刺客じゃないかな?」

ロワは小型船から飛び降りるとその場に落ちていた木の枝で地面に  

あの黒装束の大男が持っていた大剣を描く。

 「機械剣って言ってたし、あの国の人々は魔法使えないじゃん?」  

オルティアージェの人々には元々魔力を蓄える魔脈というものが 

備わっていない。故に王国クルヴァスは脅威であり、そちらからみればこちらは 

化け物の集まりにしか見えないのだろう。そこへ見た目の変わらなくなった王が 

現れた。オルティアージェ国内は大混乱である。 

「確かに、あたしが相手したやつも魔法で対抗はしてこなかったわ」 

「あの国は色々と危ない思考の人もいるからね」 

ふと何かを思い出したロワはポケットの中からあの手紙を取り出し、 

ツヴァイへ返した。 

「そうだ、これは君が本当のルフィト王子 

に届けるべきだよ。だって王子二号は今、ちゃんと生きているんだしね」 

ツヴァイはこくりとうなずき、手紙を大事にしまう。 

「とりあえずここから移動しない?」 

いずれかは奴らに追いつかれ、本当に殺しにかかるかもしれない。 

そうなるのはごめんだ。 

「そうだね。でもこの小型船、燃料切れになってるよ」 

「なんだって!?」 

ロワの指差す先には燃料メーター。そこは 

チカチカと燃料の残量がわずかだということを明確に表していた。 

「多分、さっきの防御魔法で大幅に消費したね。どうにかして魔鉱石を 

手に入れなきゃ」 

コツンと機体へ当てた枝の先をロワはツヴァイへ向ける。 

「ここの土地勘は?」 

「ない」 

「ん」

 次に枝をすいーっと向けた先にはユヴィーリアがいた。  

「ないに決まってるじゃないの!!」 

ロワの手にしている枝を引っ掴み、ユヴィーリアはあさっての方向へ放り投げた。 

枝はがつんと音をたて、どこかへ行ってしまった。 

「うわぁ、ひっどい。でもさっき面白い音したね」 

「確かに。なにか鉄製の物にでも当たったような音だったな」 

「とりあえず行ってみる?」 

枝の転がった先では岩壁に地下へ続く昇降機が取り付けられていた。 

錆のひどいオンボロのそれは今にもワイヤーがぶった切れてしまいそうである。 

「昇降機ね」 

「何年稼働していないんだろ」 

「できれば乗りたくはないな」 

「でもワクワクしない?」 

「貴方の興味対象が毎回わからないわ」 

ロワはその昇降機の扉を開け、中を覗き込む。生ぬるい空気が 

隙間からながれこんでくる。肌がべっとりとしそうな水分を 

たっぷりと含んだその空気の匂いはまだ稼働している蒸気機械独特のものであった。 

「行ってくる」 

「え、ちょっとロワ!?」 

ロワは昇降機の中へ入り、チカチカと光るボタンを押す。 

けたたましい音を鳴らして稼働した昇降機は下がっていく。 

下手したら今すぐにでも奈落の底へ落ちていきそうだ。 

「一人ずつの方がたぶん安全だよぉお」 

ロワの声は降下していくほど小さくなっていき、足がすくむほどの暗闇に消えて行った。

 

 

 

 

 

    

昇降機がたどり着いた先は小さな研究所のような場所であった。

ゆらゆらと燃料の切れかけたランタンが壁のくぼみに等間隔にならんでいる。  

しかし、これっぽっちの光では十分とは言えず、心細い。 

「ず、ずいぶんと生活感のある秘密基地ね」 

「…勝手に入ってしまって良かったのだろうか?」 

「こうなればもう腹括るしかないわ。ところであの変人は一体どこ行ったのかしら」 

ユヴィーリアはあたりを流れる生暖かい空気とは対象的に冷たい壁に 

手を当てながら慎重に進んでゆく。こんな息の詰まるような場所に

住んでいる者は  いったい誰なのだろうか。

「…開けた場所についたな」

狭い廊下は終わり、ホールのような場所へ至る。壁や床には様々な魔方陣が 

描かれており、ここが実験場だということを表していた。 

「…あ!いた!!」 

ホールの中央でロワは一人の熟年の女性といた。 

「久しぶり、魔女。変わらないね」 

「久しいな。しかしお前さんは随分とかわったの」

「育ち盛りだからね」  

「え!?知り合い!!!?」 

親しく話す二人にユヴィーリアとツヴァイは驚きを隠せない。 

「あ、来ていたんだ。うん、あの昇降機見てまだここにいるのか心配だった」 

「なんじゃ、お前さんあの昇降機を使ったのかい?」 

「ボロボロだったよ」

「当たり前だ阿呆。あの昇降機はもう長いこと使っとらんよ。よくも生きて降りて 

来れたもんじゃ」 

魔女は片手に持った杖でロワの腹をつつく。 

「ひぃい」 

「ちょっと、ロワ…聞きたいことが山ほどあるんだけど」 

「立ち話もなんじゃ、奥へいくぞ」

ユヴィーリアの言葉を遮り、魔女はコンコンと杖をつきながらホールの奥の部屋へ  

歩む。奥の部屋は以外にも冷たく、あの生ぬるい蒸気は立ち込めていなかった。 

「さて、椅子はあたし専用だからあんたらは床にでも座りな」 

「久しぶりに会ったっていうのにぞんざいな扱いだなぁ」

  ロワは冷たい床にぺたりと座り込む。それに続いてツヴァイとユヴィが  

座る。あまりの冷たさにぞわぞわと鳥肌が立つ。岩壁には色とりどりの液体が 

入った瓶がずらりとならんでおり、嗅いだこともないにおいが立ち込めていた。 

「ここは薬品貯蔵庫でもあるからね。多少は我慢しておくれ」 

魔女はロッキングチェアーにどっかりと座り込むとその場で 

指をふる。すると何処からともなく現れたキセルを掴み取り、そのしわしわの

  唇へつけた。不思議な虹色の煙が部屋に満ちる。実に貫禄たっぷりである。  

「本当に転送魔法なんて使えるんだ」 

「この大魔女様を舐めるんじゃないよ」 

「ちょっとロワ!ちゃんと説明しなさいよ!あなたちゃんと“覚えてる”じゃない!!」 

しびれを切らしたユヴィーリアはロワに掴みかかりそうな勢いで 

まくしたてる。

「うーん、そんなこと言ったっけ?」  

「とぼけるんじゃないわよ!」 

「魔女と僕の関係は昔からちょっとお世話になったぐらいのことだよ。

いやぁまさか墜落現場に魔女の研究所が 

あったなんてね。運命だね。奇跡だね」 

「そんな運命も奇跡もいらんわ。あぁ、こいつには手を焼いたもんじゃ。 

そこの坊ちゃんにも…じゃな」

 いきなり話が飛んできたものだからツヴァイはびくりと肩を大きく揺らす。  

「…私が?」

「覚えとらんようじゃな。お前さんを作ったのはこのあたしじゃよ。  

ルフィト・アハト」

 

 

  

 

 

    

「ルフィト…アハト…」

「八人目?って意味かな?今までに  

ずいぶんと陛下は影武者を作ってきたんだね」 

「実際に私がどう生まれたかを聞いてしまうとやはり何か複雑になってしまうな」 

ツヴァイの頭の中はひどく混乱していた。一日のうちにいろんなことが起きて 

処理が追いつかないのだ。 

「無理もないわよ。私だってびっくりしたわ。まさかあの魔女がロワや 

王族とつながっていたなんてね」 

ユヴィーリアはあまり心地よいとは言えないベッドの上でごろりと転がる。 

結局魔鉱石は小型船を動かすまでの純度のものは譲ってもらえなかった。 

今日のところはしかたなく魔女の研究所にて泊まらせてもらうことになったのだ。

 

 

 

  

――お前さんがどうやって生まれたか教えてやろう。ルフィト・アハト。 

まずは肉体を作るんじゃ。ルフィト王子陛下にそっくりな複製品じゃ。 

曲がりなりにもお前さんには本物のルフィトの血肉も少し混ざって 

おる。だが、それだけではただの肉の塊じゃ。じゃから、魂をいれる。 

ルフィト王子陛下とそっくりそのまま同じの複製品じゃ。

そのおかげで影武者たちは違和感なく自分をルフィト王子陛下と思い込み、

同じ思考をもつルフィト王子陛下の完璧な偽物になるんじゃ。これが

王国の開発した万華鏡の魔法というものじゃ――

 

魔女の言葉が堂々巡りをする。魔女の話が本当ならばルフィト王子陛下

そのものになれたはず。なのにどうしてだろう…。自分にはルフィト王子陛下の

記憶どころか本物である自覚がないのは…。

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