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3.混濁

 

 

鼻を刺激する匂いに思わず顔をしかめる。起き上がった瞬間、それの原因が

 すぐにわかった。部屋が煙だらけなのだ。これは所謂…

「な!?か、火事だ!!ロワ!ユヴィ…?」

ロワとユヴィーリアはベッドになく、二人の姿を確認することができなかった。

まさか自分を置いて逃げたとでもいうのだろうか。

 「やあ、存在はルフィト二号じゃなくて

八号でも僕の中では二号だからルフィト王子陛下二号略してツヴァイ、おはよう」

ツヴァイの大声に気づいたロワが扉から顔をひょっこりとだす。

 「お、おはよう…この煙は一体…」

 「ごめん、これ朝ごはんの一部なんだ。残さず吸い込んで」

 「へ?朝ごはん?」

 「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!この超弩級料理音痴!!!」

 「あた!」

フライ返しで殴られたロワは涙目でしゃがみこむ。

 「ひどいや僕の騎士…謀反だよ謀反」

 「謀反もなにも貴方の騎士になったつもりはないわよ!全く…料理の腕だけは最悪ね」

 「二人は仲がいいな。たしか隅っこ出身だと聞いていたが…」

 「えぇ、そうよ」

 「実はな…はずかしながら隅っこというものが どういうものか、よく知らないのだ…」

ツヴァイははずかしそうにうつむく。隅っことは何かと秘かに

疑問に思っていたことであった。

 「あぁ〜あこれだから貴族様は〜…まあ知ろうとするだけでましか。

 隅っこは未開発区を総じてそう呼ぶんだよ王子」

 「未開発区…」

 「外敵から守る結界も、人々が生活する住宅も十分とは言えない…

処理しきれなかった隅っこの土地。それが隅っこという名の無法地帯さ」

ツヴァイは言葉を失った。この国を統治する王は満足に人々を

救えていなかった。少女に手紙をもらった時にも気づくべきであった…。

 「どうしてツヴァイが悲しむのよ」

 「そんなこと…あんな飛行船や、こんな…こんな私みたいな模造品を

作る暇なんてあったなら…」

 強く握りしめた拳がぶるぶると震える。そんな拳をツヴァイはロワにぺちりと

叩かれる。予想外の行動にツヴァイは呆気にとられた。

 「ひどい王様だよね。影武者さんはこんなにも心配してくれているのにね。

でも君が悲しまなくてもいいんだよ。王様にその手紙を渡した時、うんと

文句を言ってやればいい。それで処刑でもされたなら仕方ないんだ。

それまでの王様なんだよ。そうなればこの国はゆるやかと滅びていく運命なのさ」

 叩かれた手を今度はぽんぽんと撫でられる。自分はもしかすると喝を

入れられたのかもしれない。

 「……私は頑張る!!なんとしても王へこの手紙を届け、この国を…!!」

 「そこ、盛り上がっているところ悪いんだけど、はやくあの炭の塊の処理を

 しなさいよ」

 「じゃ、ツヴァイよろしく」

バッと片手をあげて後片付けを押し付け逃げようとする彼は

先ほどまで真剣に話をしていた者とは到底思えない。

 「は!?なぜ私が!?」

 「寝坊助王子のために作ったのさ。さぁさ遠慮なく食べてよ」

ロワはフライパンの上に鎮座しているまっ黒焦げの物体をツヴァイへ差し出す。

 「嘘つけ、手頃な食材があったからって自分で食おうとしていたじゃない!」

 再びユヴィーリアにより叩かれそうになったロワは急いでフライパンを

洗面台へ持っていく。

 「あのまる焦げなんだったと思う?」

 「えーと…オムレツか何かか?」

 「いいえ、お肉よ。今朝狩ったばっかりのルボワ猪よ」

 「肉!?それに今朝狩ったって…」

 「隅っこ在住はたくましいのよ。ロワはまた別なのだけど」

ユヴィーリアは訝しげにロワの背中を見つめた。

 「あの子元々隅っこの出身じゃないのよ」

 「移住でもしてきたのか?」

 「そんな生易しいもんじゃないわね。あの子空からゴミ溜めに降ってきたのよ」

 突拍子もない話にツヴァイは数分固まる。空から降ってきた?

それこそあのシエルワルフィスのような飛行船から転落しない限りあり得ない。

 「空から降ってきたとは一体」

 「第一発見者は私なんだけどね。ある日ね、いつものようにガラクタ置き場に

使える部品がないか探しに行ったときにあの子が降ってきたの。…すっぽんぽんで」

 「………」

 「あ、信じていない顔ね。残念だけど本当のことよ。この話するとあの子嫌がる

 からやってみなさい。落ちてきた時には記憶障害もあったりすっぽんぽんだったりと

 ほんとにもう大変だったんだから」

 「なんと…初めてあった時から少し変わっていて面白い人とは

思っていたが…彼は一体…」

 「さあ?まあとりあえずなにも考えずに

服とご飯と剣を与えたらあの子戦闘能力だけは良くってね。隅っこでも活躍

していたわ。でも魔法はからっきし。さっきの肉を黒焦げにしたのも炎の魔法の

制御に失敗したからなのよ?」

 確かに彼はあの暗殺者には一度も魔法を使っていなかった。だが、わざわざ危険な短剣で

戦っていたのもこれで納得した。肝心の彼自身の謎は解けてはいないが…。

 「でも私からしたらツヴァイの存在の方が驚きよ。まさかいつも見ていた

 ルフィト王子陛下は本物じゃなかったこともありえたのね」

 「そうだな…。私は純粋な人間ではないからな」

 「なぁに話しこんでるの?」

フライパンを洗い終わったロワは小首をかしげる。

 「貴方の昔話よ」

 「うわ、やめてよね。悪趣味〜」

ロワの眉間にしわがよる。それも

無表情に毛が生えたほどだったが。

 「貴方記憶なかったはずよね?」

 「うーん?」

ロワはフライパン片手に回れ右をしそうになったところをユヴィーリアに

 よりひっつかまれる

「さりげなく逃げようとしてんじゃないわよ。あの魔女って

 おばさんは貴方のなに!?」

 「師匠みたいなもの。ほら、僕ってめんどくさがりで魔法が苦手だから

魔女が僕に魔法を教えてくれていたのさ。それで実は転送魔法の途中で事故って

隅っこに飛ばされたという設定でよろしく」

 一言もかまずにすらすらと言い終えたあたりが非常に怪しげである。

 「ちょっと!!それじゃあ本当かどうかわからないじゃない!」

 「謎ってわからないからこそワクワクして楽しいじゃないか?

 解いたあとなぜか虚脱感を感じるでしょ?僕から謎をとったら

 ただの無愛想な魔法苦手の面倒くさがりな男の子になっちゃうよ」

 「自分でも自覚していたのね!もういいわ、これ以上は追求しないから。一応数年

 共にした身だから貴方のことは信用しているし」

 「さすがユヴィ。相変わらずイケメン」

 「すごく嬉しくないのだけど。それと焦がしたやつ以外の肉をよこしなさい。

 私が調理するわ」

 結局ロワについてはなにもわからずじまいだ。

ユヴィーリアにとってそれは少し寂しいものであった。

 

 

「さてと、ご飯も食べた。体力も回復した。後は魔鉱石だけ…

採掘めんどくさいね」

ツルハシを肩へ乗っけたロワはさっそくものぐさ発言をする。

 「ねぇ、魔女。一発でちょいと岩砕く魔法教えてよ」

 「それをお前さんに教えた暁にはこの採掘場は跡形もなく消えているじゃろうよ」

 魔女はランタンを片手にロワたちの案内をする。魔鉱石の取れる採掘場は

魔女の研究所へ至る昇降機が埋め込まれていたあの崖であった。

 「迷惑をかけてすまない…」

 「いいのよ」

 「そうだよ。あれがないと僕たち帰るに帰れないじゃないか」

 「うぅ、魔女殿にも申し訳ない」

 「一応生みの親はあたしだからね。頼みごとの一つくらいは聞いてやろうと

思っただけじゃよ」

コツコツ杖の音が採掘場に反響する。もう随分と取り尽くされてきたのか、

 採掘場は奥深かった。何か魔物でも出てきそうな雰囲気にツヴァイは自然と

体に力が入る。

 「心配しなくても大型の魔物はいないじゃろう…ほれ着いた」

 言葉を失うほど綺麗であった。さまざまな色をした魔鉱石はまるで

夜空の星のごとく壁一面に輝いていた。

 「じゃあ勝手に持って行っといてくれ。あたしはやることがたくさんあるからの」

 「勝手に採掘してもいいのか?」

 「魔鉱石代はまた王様にでも請求するとしよう。さっさと回収して、さっさと

帰んな!」

 気だるそうに魔女は杖を鳴らしながら採掘場を後にする。

 「さてと…ほっ!!うわぁ!?」

ツヴァイのツルハシは硬い岩肌に弾かれる。反動でツヴァイは

 その場で尻餅をつく。

 「へったくそだねぇ王子は。そこでじっと座っておいて。後は

僕らがやるからさ」

ロワはそういいつつもツルハシを動かさない。

 「僕ら、かっこユヴィがかっことじ」

 「貴方のあたまカチ割っていいかしら」

 「それは勘弁」

 「…ははは、ずっと座ってるわけにもいかない。私もできるところだけやってみるよ」

ガキンガキンとツルハシの音だけが鳴り響く。途中なんどか魔物が入り込んだが、

そのたび、ロワとユヴィが効率よく倒していった。魔女のまわしてくれた

 トロッコには少しずつであったが魔鉱石が溜まってきつつあった。

 「ふぅい〜つかれた」

 「そろそろ休憩しましょ。もう少しで終わりそうだし」

 「こんなに運動したのは初めてかもしれない」

ツヴァイはその場で寝転がる。冷たい岩がつかれた体にはありがたかった。

 「そういえばツヴァイは今までどんな暮らしをしてきたの?」

 「…おそらく本物のルフィト王子陛下の影武者としての英才教育…だったのだろう」

 「だろう?」

 「もしかするとこの記憶も感情も元々なかったもので、私のなかに初めから

埋め込まれていたものなのかもしれない。だから、わからなくなってきたんだ。

 自分が一体どこから自分で歩み出したのかを」

 「…ややこしいわね」

 「それに面倒くさい」

 「だから考えないようにしましょう。

ツヴァイは今まちがいなく自分で動いているじゃないの。ツヴァイを見ていると本格的にルフィト王子陛下に文句の一つでも言ってやりたくなったわ」

 「ありがとう…魔女殿の話を聞いてからずっとそればかり考えていたんだ。

これですっきりしたよ」

ツヴァイは内ポケットに手を当てる。たとえ作られた使い捨ての存在だとしても

意思を持った以上進まないわけにはいかない。ツヴァイは再びツルハシを

握りしめる。

 

 

 

 

「…ルフィト・アハトはどうなったのだ?」

 「はい、それが…シエルワルフィスの緊急時のため備え付けてあった小型船に

乗った直後、墜落。その後燃料切れによる魔術式断裂。消息は不明です」

つやつやした黒髪ボブにこれまた黒い制服。その女性は報告書を片手に

詳細を話す。その話し相手は雪のように白い肌と髪を従えた少年、

ルフィト・クルヴァスであった。血のように赤い瞳は女性の渡した

報告書を目を細めて隅々まで確認する。

 「ふむ…飛んですぐに落ちたんだな?」

 「はい、そのようです」

 「なら問題ないだろう」

ペラペラと報告書をめくるたびにルフィトは眉を動かす。

 「たぶん…平気だと思う。襲撃してきたのは

 オルティアージェだと思うのだが…どう思う?テムノータ」

 「…先ほど到着したシエルワルフィスの損傷具合から機械剣のものと思しき傷が

数カ所ありました。間違いないでしょう」

テムノータは腰に帯刀している二刀の剣へ手を当てる。

 「たしかそれも向こうの国の技術で作られたものだったな」

 「…ルフィト・アハトと共にいた者たちの身が心配です。どうしましょう…早急に

 ルフィト・アハトを回収いたしましょうか?」

 「どうするべきか…」

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