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4.剥離

 

「動くかな?」

 「やってみるぞ…」

ツヴァイは鉄板のような舵へ手を当てる。手先からじんわりと暖かさが

伝わる。すると舵には瞬く間に魔術式により埋め尽くされた。

 「見事なもんよねぇ。こんな複雑な魔術式 組んでる途中で力つきちゃうわ」

 「魔女殿に教えてもらったのだ。どうやら私は自由に魔術式が組めるほど

魔力を有しているらしい」

ガタガタと機体が小刻みに動き出す。

 「確かルフィト王子陛下は大魔術師だったね。なるほど…」

 一際大きな揺れを最後に小型船は地上を離れる。

 「浮いた!やったわ!!」

 「よし!これで…」

 「流石に王城へ直行はやめた方がいいんじゃない?」

ひとまず浮いた小型船に歓喜の声を上げたユヴィーリアとツヴァイは

 ロワの言葉にうなずく。

 「城下町あたりが妥当じゃないかしら?」

 「そうだね。じゃ、そういうことで」

 「…二人はついて来てくれるのか?帰えらなくても…いいのか?」

 命を助けてもらっただけはなく、王都まで来てくれるのはきまぐれの

域を超えている。

 「一回王様に文句言ってやらなきゃいけないじゃないの」

 「目的が一緒だから仕方ないね。こっちの王子はどこか頼りないし」

 「ありがとう二人とも…でももし私のせいで危なくなった時は」

 「大丈夫、ツヴァイを置いて全力で逃げるから」

 「ははは、そうしてくれ」

 小型船の下ではめまぐるしく景色が通り過ぎて行く。

ツヴァイがかなり上達したことがよくわかる。

 「城下町のどこあたりでいいのだろうか…」

 「私たちもそんなに知らないのよね」

 「……グナーペとかどう?」

ぼそりとつぶやいたロワにツヴァイは自分の手を鳴らす。

 「それだ!グナーペ地区なら人も酒場も多い」

 「まさに隠れるには最適の場所ってわけね。

 貴方がグナーペをなぜ知っているかどうかは

聞かないでおくわ」

ユヴィーリアに疑いの目を向けられたロワは

肩をすくめるだけであった。

 

 

 

 

近くの森へ小型船を停泊させ、三人は王都エムローワへ続く

街道に足を踏み入れた。

 「立派な街道ねぇ〜。隅っこのも整備してもらいたいものだわ

「まあ、あのあぜ道でもやっていけないことはないけど。あ、そうだ王子。

 一応何か顔を隠すものでも用意した方がいいよ」

 「あ、あぁそうだな。王子陛下がぶらぶらと城下町を歩いてなんかいたら大騒ぎだ。

ふむ…どうしたものか…」

 「おーい、坊主たち!王都はここからじゃまだまだ遠いぞぉ〜」

 言ったそばから誰かの野太い呼び声が聞こえて全員が一瞬固まる。

 「まずい、馬車だ」

 「商人ね。ツヴァイは隠れてて」

 「わかった!」

ツヴァイは慌てて茂みの中へとびこんだ。

 「おろ?さっきの坊主はどうしたんだい?」

 「ちょっと恥ずかしがり屋で…」

 「顔にちょっとした治らないやけどの痕があってね。くる途中、風に巻き布が

 さらわれちゃったんだ。おじさんは見たところ商人のようだけど…」

 「そうかいそうかい、それならうってつけの布があるぜ」

 商人は馬車の荷台から藍色の高級感漂う布を取り出す。するりとして光沢ある

 それは肌触りが抜群なものの値段もそれなりに良いものでありそうだ。

 「…おじさんそれいくら?」

 「うむ、これだ」

 隅っこでパン20個分の値段を商人は指で示した。一瞬ぐにゃりとゆがんだ

 ロワの顔をユヴィーリアは見逃さなかった。非常に嫌な予感がする。

 「ユヴィ、ねぇ僕の騎士様〜」

 「そんなお金ないわよ!!」

 「うそぉ」

 「ガキンチョにこの値段はちょーっと高すぎたかな?見たところあんたら隅っこ出身だな。王様に謁見でもしにきたのか?あいにくだが、ここんとこはずっと王城の

跳ね橋をあげっぱなしだぜ」

 商人は無精髭を撫でながらやれやれと首をふる。

 「俺も隅っこ出身だからお前たちの気持ちがわかる。日々の暮らしにうんざり

 してんだろう?この前までは話を聞くぐらいはしてくれた。だがとうとう俺たちの話に

聞く耳も持たなくなっちまった。とうとう見捨てられたんだよ」

 「…そうなんだ」

 「だからよ。今こんなのがあるんだ」

 商人は声を潜めて少しくたびれたズボンのポケットから一つのチラシを取り出す。

 

―ルフィト・クルヴァスへ反旗を翻す時は来た…我々未開発区の怒りはもう

杯へとなみなみと注がれている。未開発区の勇気あるものたちよ。

 今宵、火の宝玉8の日グナーペ、プリマカリヨン地下貯蔵庫

にて待っている―

 

「おぉ…」

 「な…レジスタンスができていたなんて…」

 「なぁ?すごいだろう?なんでもオルティアージェの奴もいるってうわさだ。

どうだい?同志価格で安くしておくぜ。ついでに馬車に乗せてやるくらいはしてやる」

 「……役に立つかわかんないけど、よろしく」

 「ちょっとロワ!?」

 「心配するな。お嬢ちゃんには難しい仕事は任されないだろう」

 「はい、布ちょうだい」

 「おっと、そうだった。交渉成立だな。仲間は多いに越したことはねぇ。隅っこで

鍛えられた俺たちに王城でぬくぬくと育たった騎士が叶うはずもねぇ」

 不快な引き笑いに肩を揺らす商人からすぐにロワは奪い取るように布を手にした。

 

 

 

 

茂みの中にいたツヴァイは体中に嫌な汗をかいていた。

 「ろ、ロワ?」

 「平気さ。じっとしてて」

ツヴァイの顔に無造作に布を巻きつけながらロワは小声で話す。

 「謀反するつもりはないよ。面倒だし…面倒だけど…あの集団になら情報が

 たくさん得られるかもしれないから最終的には面倒じゃなくなると思っただ…」

ずばばばと早口にまくしたてるロワにツヴァイは制止をかけた。

 「わかったわかった。ロワの意図はわかったから…」

 「ほい、できた」

ロワの目の前には雑にぐるぐる巻にされた顔がいた。目もとがかろうじて

見えるそれでも中の人が不機嫌なことが感じ取れた。

 「…ロワが面倒くさがりなのがこれでよくわかったぞ」

ツヴァイは自分でまきなおした後、茂みに布を持っていかれないように慎重にあらわれる。

 「おぉ、白い坊主もお目見えときた。その布似合ってるぜ。さあ、乗った乗った」

 荷台に乗ったロワはユヴィとツヴァイを引き上げる。荷台には様々な品物が

積み込まれており、今にも崩れ落ちそうである。

 「さすが商人ね。色んなものがあるわ」

 「…武器とかね」

 一般人向けの商品のみならず多数の武器も積み込まれていた。

 「本気で謀反を起こす気なのか…」

ツヴァイは不安を感じながらも馬車に揺られる。ロワは相変わらず

何を考えているのか読めないし、ユヴィにいたっては慣れっこのようで

 もう、うとうとし始めていた。町の関所に来たところで馬車は一旦

 急停止する。がたりと音を立て、一つの箱が落ちた。

 「おっと…」

 落ちた箱に入っていたものはオルティアージェの伝統工芸品、

 懐中時計であった。中のムーブメントが一定のリズムを刻んでいる

 なぜかそれを手にした途端、背中にぞくりと寒気が走った。

 思わず手から箱をはなしてしまった。箱に入っていた懐中時計が

 ばらばらと床へ転がり散らばる。

 「ツヴァイ?」

 「いや…たぶん懐中時計が冷たくてびっくりしたのだ。なんでもない」

 「あまり商品をいじるなよぉ〜」

 荷台からの物音に気づいた商人が気だるそうに忠告した。

 「…す、すまない!」

 床に転がった懐中時計はなぜか不気味な光を放っているように見えた。

 

 

 

 

「うーん、王都は広いわね〜」

 「集合わすれんなよ〜」

 「了解」

 商人は手綱を握り、馬車を発進させた。

 「王都…」

 「…浮かない顔だねツヴァイ」

 普段は王子と呼んでいたロワは今はきちんとツヴァイと呼んだ。

ぼうっとしていてとぼけているようで彼がいつだって隙がなかった。

ユヴィーリアは感嘆の声をもらす。

 「そういや貴方って割としっかりしていたわね」

 「なに?その今思い出したような言い方は」

 眉をひそめて睨むロワにユヴィーリアは手をひらひらとふる。

 「あはは、忘れていたわ。さてと、グナーペに着いたことだし酒場をはしごね」

ユヴィーリアは軽い足取りで少しでこぼこの道を歩んだ。

 「ユヴィはえらくご機嫌だな」

 「ユヴィはあれでも女の子だからね。こういう賑やかなところ好きなんじゃない?

そういうツヴァイは元気ないね」

 「当たり前だ。もしバレてしまったら…と先ほどから頭をぐるぐると巡っている」

 「平気だよ。もしその布が外れてもみんなそっくりさんだと思うさ」

 「むぅ…そう思ってくれるといいのだが…」

 「ほら、ユヴィの後追いかけるよ」

ロワは人ごみに消えて行くユヴィーリアを早足で追いかけていく。

 「それにしても下町には初めて来た。こんな風になっていたのだな…」

 日の沈みかけた茜色に染まるグナーペは人々の顔を照らし、熱っぽさに

拍車をかけている。

 「……王は受け取ってくれるだろうか」

 「今更?来ちゃったものはしかたないじゃん。だから強行突破してでも

受け取ってもらわなきゃ」

ロワは片方の口角をあげ、にやりと笑う。

 「まさか…そのためにわざとあの商人の話を飲んだというのか?!」

 「さあね。作戦を考えるのは面倒くさいからね。あの人たちに考えて

 もらうことにした」

 「貴方達〜まだそんなところにいたのぉ〜!!はやくはやく!!」

 「おっとお姫様がお怒りだ」

ロワは走り際ツヴァイの背中をばしっと叩く。言葉にはなかったが心配するなと

言われているようで緊張が少しやわらいだような気がした。

 

 

 

 

「あ〜まったくどいつもこいつも

王様はヒッキーだのすでに死んだとかばっかね」

 「仕方ないよ。ただでさえ最近は外出していないのにシエルワルフィスで

影武者は墜落しちゃって演説中止になっちゃったし」

 酒場にあるノンアルコールドリンクを片手にロワは首を横に振る。

 「跳ね橋はあげられたまま。謁見を取り繕う余地もなし。城に乗り込もうも

湖のど真ん中に浮かんでいる城には船が必要。船で乗り込もうとも湖の水面には

結界が張られていて船を沈めることもできない…何よ!!?この八方塞がりは!!」

 「ねぇユヴィ、それお酒入っていない?」

 中身をぶちまけかねない勢いで盃片手に怒り狂うユヴィーリアに酒場の客の視線は

釘付けである。

 「確かに徹底した引きこもりだ…」

 「ちょっと二人とも顔を」

ロワはユヴィとツヴァイを手招きする。テーブルの中心には集まった三つの顔。

 「グナーペ反乱軍の集会ではたぶん対抗策が出るはず。それを盗んで

僕らだけでお城へ行く作戦でどう?」

 「貴方そんなこと考えていたのね…」

 「なにより一番手っ取り早い」

 「あなたのものぐさ度はもはや目を見張るものがあるわ」

 深いため息をついたユヴィーリアへロワはえっへんと胸を張る。

 「武器には常に手をかけてて。ツヴァイは魔法の準備を。謀反ダメ絶対。

というわけで奴らの存在もいち早く王様へ。これで信頼を勝ち取る」

ガッツポーズをしたロワの拳をツヴァイは下げる。

 「最初に謀反まがいのことをやるのだが」

 「…面倒だからそこんとこの弁明はツヴァイに任せる」

 「おい!」

 

 

 

 

プリマカリヨン。その店は一見普通の酒場に見えるが、それは表向きの話。

 地下貯蔵庫では毎日のように王をどう欺くか話し合われる反乱軍の会議場となって

 いたのだ。

 「これは息がつまるわね」

 「憎悪の塊というものが目に見えるようだ」

 「ツヴァイは時々詩的な表現するよね」

 「く、癖なのだ!」

 「おぉ〜ようやくきたか坊主ども」

 商人はすでに机で酒を飲んでいた。机を囲む連中はどいつもこいつも

柄の悪そうな者たちである。中には自分たちとも同じ年齢の者もいた。

 実に様々な面子が幅広く机を囲んでいるあたりルフィト王子陛下が

 どれほど恨まれているかがわかる。

 「さてと、俺たちは実は未開発区の住人ばかりではない。機械を崇拝する

 オルティアージェのマキナ教の集まりでもある」

マキナ教、これが俗にいうオルティアージェでの危ない奴ら代表である。

オルティアージェは少なくともクルヴァスを恐れてはいる。実際は彼ら過激派の動きが

目立っているだけでオルティアージェ自体はおとなしい国なのだ。

これは非常まずい集団に仲間入りしてしまったというわけである。

 「偉大なる鋼鉄は我々に味方をしてくれた。そう、魔法を打ち砕く鋼鉄が採掘されたのだ!」

 魔法を打ち砕く鋼鉄。その響きはクルヴァスに真っ向から喧嘩を売っている。

 「さてと…」

 商人はゆっくりと立ち上がってツヴァイの元へ歩み寄り、唐突に布をはがす。

 「なっ!!?」

 「どうりで城からでねぇと思ったら悠長にお散歩をしていたようだ。クルヴァスの

王様はよぉ?」

あらわになったツヴァイの顔に全員が驚愕する。

 「まさかあんたの話が本当だったなんて」

 「あの玉座に座っているのは影武者か何かか?まったくクルヴァスの魔法には

驚いたなぁ!!」

 商人は机に立てかけた剣をとり、ツヴァイへ斬りかかる。

 「やっぱ気づいてたんだ」

 「ぐ、護衛ってところか?」

 「勘違いしないでよね。そんなんじゃないから」

ロワは短剣を滑らせ、商人の剣を受け流す。

 「ユヴィ!」

 「はいよ!!」

 銃を構えたユヴィーリアは地面へ向けて数発撃つ。地面には魔術式が広がり、

 広い貯蔵庫を埋め尽くす。ユヴィーリアの魔装弾にはあらかじめ

 ツヴァイの魔力が込められていた。瞬く間にその場にいた全員は床に

磔にされる。

 「くそ!!体が床にくっついて動かねぇ!

おい、どうするんだ」

 「我らには魔法を打ち砕く鋼鉄がある!!」

 一人が得物を取り出し、床へ突き刺す。すると魔術式は弾けるように破壊された。

 「嘘!?」

 「なるほどね。これが魔法を打ち砕く鋼鉄とやらか…。まぁた面倒なものを

見つけちゃって…」

 魔法を打ち砕く鋼鉄で生み出された剣はいとも容易く魔術式を砕いた。

ギラリと不気味な光を放つ剣もった者の酷い殺意がツヴァイを捕らえ、離さない。

 「ツヴァイ!!!」

ユヴィーリアは咄嗟にツヴァイの元へ防御魔法を

発動させる。しかし、それは虚しくも剣に触れただけでガラスのごとく砕け散った。

 「忌々しい魔法使いめぇええ!!」

 振り下ろされた剣はツヴァイでもなく、はたまた彼をかばったユヴィーリアでもなく、

 相手をしていた商人を振り切ってやってたロワへ振り下ろされた。

 「ロワ!!」

 短剣を弾かれ、左の額から胸まで一直線に斬られたロワは

二人を守る盾となっていた。

 「うぅ…さすがにすぐに死にたくなる痛さ」

 「な、なんだ!?なんなんだ!!!」

ロワの斬られた額から崩れるようにノイズ交じりに別の顔がチカチカと写り込む。

ロワの顔半分は雪のような銀髪に赤いつり目ルフィト・クルヴァス

 そのものになっていた。

 「なぜ二人もいるんだ!!?貴様らも影武者とでもいうのか!!!?」

 「あぁ酷いなぁ、化粧が崩れちゃったじゃないか」

ロワはその場でユヴィーリアとツヴァイの元へ倒れこむ。

 「ロワ、貴方のその顔…」

 「それより怪我が!!」

ロワからあふれる血は尋常な量ではなかった。傷口を必死で押さえるツヴァイの手を

 ロワはすっとはずす。

 「平気、これくらいすぐ治せるから」

ロワの体がぼうっと光り始め、傷口が一瞬で口を閉じ始める。

 「ロワ、君は一体…」

 「無慈悲な王なこった。影武者を平気で犠牲にしやがる」

 「おじさん時々いいところついているね。玉座にいるのはたしかに影武者の一人」

ロワはすでに傷の消えた体ですくっと立ち上がる。顔のノイズはすでに消え、

 美しい銀髪が腰までするりと伸びる。

 「影武者を平気で殺せるのはそれが自分の複製品だからだよ。無慈悲なわけ

 じゃない。自分を殺すことくらい自分が相当好きじゃない限り簡単でしょう?

…うーんちょっとこれ借りるね?」

ユヴィーリアの袖にあるリボンをロワはほどき、自分の髪を結う。

 「さてと…おじさん達は何か勘違いしているようだ。

 玉座にいるのは確かに影武者、ここにいるツヴァイも影武者。

でもね僕は…私は…ルフィト・ロワ…正真正銘のオリジナルだ」

ロワはその場で飛び上がり、積まれた樽を蹴り飛ばす。魔術式を刻み込んだロワの

足は人外の力を発揮し、脚力を強力なものにする。

 「謀反は君たちが考える前にはもう行われていたんだよ。

 自我を持ち始めた自分の影武者にな」

 宙を舞う樽をロワは風の魔法で切り裂く。溢れ出した真っ赤なワインへ

 ロワは発動した魔術式を投げ込む。

 「魔法を打ち砕く鋼鉄には驚いた。だが魔法を打ち砕く…それだけだ。

 攻撃魔法は無力化できても強化魔法は防げないし、少し頭をひねれば

 どうにでもなる」

 地面を満たすワインが凍りつき始め、全員の足をとる。

 「さて、どうやって城に入るつもりだったか教えてもらおうか?」

 「死んでも言わんぞ!!」

 「そうか、それで別にいい。ただ探すのが面倒だっただけだ」

 凍ったワインの上を滑りあたりを探し始めていると一人の青年が小さくジェスチャーする。その若葉色の髪をした真面目そうな青年には見覚えがあった。王城で働いていたはずの近衛騎士である。彼の指差した方向には壁に取り付けられた小さな扉があった。

 「たしか君はジビエ・リッターだったな。情報提供ありがとう」

ロワが小声で放った言葉にジビエは目を大きく見開く。

 「覚えていてくださったのですね」

 「スパイか?」

 「そんなところです」

 「氷漬けにしてすまん」

 「いいんですよ」

 膝ほどまで浸水したワインで身動きのできないジビエは手にした剣でその場の

氷を砕く。ジビエの示した扉のなかには頑丈そうな箱が入っていた。

 「くそおぉ…」

 商人はひどく悔しそうな声をもらす。どうやら奴の目論見はすっかり凍りついて

 しまったらしい。

 「今のお前たちではあの玉座を奪った影武者すら倒すことはできん」

 氷漬けにされたマキナ教の面子は圧倒的な力の前で完全に戦意喪失していた。

 

 

 

 

「ろ、ロワ…いや、ルフィト王子陛下…」

 「いいよ。今更くすぐったい。君は僕でもあるんだから」

 「うぅでも君は本当の王で…えっと…」

 「いいっていいってそれより手紙は無事?」

 肝心の手紙がワイン漬けにでもなっていたら元も子もない。

 「あぁ、内ポケットにいれていたからなんとか…」

 先ほどの威厳のある口調はなくなり、いつものロワのどこか抜けたような優しい

物言いに戻っていた。

 「聞きたいことは山ほどあるけどまずは作戦会議ね」

 「さすが僕の騎士ユヴィ様!わかってるぅ〜。んと…じゃあ説明よろしく

 ジビエ・リッター」

 「はい!でででは僭越ながら…」

 緊張で呂律の回らないジビエ。それも無理はない。本物のクルヴァス国王が

目の前にいるのだから。

 「君相変わらず硬いね」

ロワはジビエの鼻先へビシッと人差し指を向けた。ジビエはビシッと

背筋を伸ばす。

 「今の僕はロワだから。そこんとこよろしく」

 「でででも姿が…」

ジビエはぶんぶんと首がもげそうなほど振り回す。

ロワの出で立ちは紛れないルフィトそのものである。

 気にするなというほうが無理である。

 「あの幻術疲れるんだよね。今までずっと維持してきたから開放感に浸らせてよね。

あれ表情一つ動かすの大変なんだから」

 「あぁ…それで貴方無表情なこと多かったのね」

ロワであったあの顔は今まで幻術を発動させて顔を映し出していたということだ。

これだけでどれほどの魔力を持っていたかがわかる。

 「それでもちょこっとは表情を変えていたりはしていたわね。自分から疲れることを

 わざわざしていた所を考えるとなんだかじーんと来るわね」

 「…多少は動かさないとね。さすがに人形じゃないかと怪しまれるから仕方なくだよ」

 「ちょっとでも感動した私が馬鹿だったわ」

 不敵な笑みをうかべるロワをツヴァイは不思議な気持ちで見ていた。

 自分と同じ顔がそこでは違う顔をしているのだ。少々混乱する。

 「さて、ジビエ・リッター君そろそろ会議を始めようか」

 「はい!結界の繭みたいなことになっていた王城には魔法を打ち砕く鋼鉄…

通称タリズマンで制船された潜水艇を使って侵攻しようとしていたみたいです」

 「おぉ、なるほどね。でもそんな代物どうやって作ったんだろう?

 無表情だったロワの表情は今ではバリエーションの差が天と地ほどちがった。

 「えーと、今まで勘付かれないように別の物に加工されていたタリズマンを

運んできては溶かし、運んできてはかしを繰り返していたそうです」

 箱に入っていた設計図にはキッチリと潜水艇を作り出す計画が書かれていた。

 紙の端々が折れ曲がっていたり変色しているところを見ると計画が

 どれほど前から考えられていたかが見て取れる。

 「よくやるよ。排除する気満々じゃないか。ちょっとは歩み寄ってほしいもんだよ」

あきれたと言わんばかりに首をふりワインを口にするロワの見た目は未成年にしか

見えないものだから非常に違和感があった。

 「もしかしてあの懐中時計はタリズマンだったんじゃないか?」

 「はい、そのとおりです。今回は予備の武器のために取り寄せたみたいなのです」

あの時寒気を感じたのは体の魔力が一時的に遮断されたからなのかもしれない。

 「じゃあその潜水艇を使って王城に行こうか。まさか敵の策に助けられるとはね。

その潜水艇は今どこに?」

 「すでに湖の中にあります」

 「そりゃびっくり。やるねぇ〜。よく気づかれていないもんだよ。

それともあいつは気づいていながらもわざと泳がせているのかな?

さすが僕を陥れただけあるよ。まったく憎たらしい」

 早口で言い切ったロワは一度机をばんと叩き、天高く拳をあげる。

 「よし、打倒影武者、打倒下剋上だ」

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