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5.融解

 

プリマカリヨンにいた連中は町を警備する騎士へ明け渡した。

 彼らの長年の計画は王自らにより砕かれたが、彼らは必ず再び計画を練り、

これからもずっと王を狙うであろう。

 空になったプリマカリヨンは会議室と化していた。

 「ごめんユヴィ。これもう少し借りるね。あ、そのままじゃ不恰好だから片方の袖の

 リボンも貰うね」

 了承を得る前にロワは彼女のリボンをいただこうと手を伸ばす。

 「貴方ねぇ…髪くらいなら切ってあげるわよ」

 「ユヴィにやらせたらまばらになりそう…冗談冗談睨まないで。髪は伸ばす方針なんだ。僕の中の時が止まってからもなぜか髪だけが伸びるんだよ。

これだけが僕が今を生きているという実感を得られるものなのさ」

ロワはいとおしそうに腰まで伸びた銀髪をなでる

「そう、なんだか悪かったわね」

バツの悪そうな顔をしたユヴィにロワは首をふる。そのたびきれいな銀髪が

流れ、キラキラと光る。

 「僕の中で発動している永久機関の魔法は先代から僕の両親までずっと練られてきた

集大成。両親が先代の悲願を成し遂げて僕がそれを受け取った」

 「永久機関の魔法とやらがその不老不死の謎…というわけなのだな?」

 「そ、これが僕の全世界から狙われる理由であり、逃げられなくなった枷。

まあ老化しなくなっただけで普通の人間の様に致命傷を負えば終わりなんだけどね」

 言い方こそは明るいものであったが、内容はひどく重い。

 「どうしたの?ツヴァイ」

 「私は…私が完璧なロワの複製品ならばどうしてこんな事実でさえ知らないのだ?

 私は不完全な存在なのか?」

 「そうだね。そうかもしれない。だって、君はいないはずの8人目なんだもん」

その言葉にツヴァイはガバッと顔をあげる。今にも泣きそうな顔をした

 ツヴァイへロワは子供をあやすようにポンポンと頭を撫でた。

 「実は玉座に座っているルフィト・ズィーヴェが最後の影武者だったはずなんだ。

 影武者を作る万華鏡の魔法はあの魔女しか扱えない。だのに君が現れた。まるで

裏切られた気持ちだったよ。それに転送魔法なんかを完成させていたしね。

 二回も裏切られたよ」

 自嘲の笑みを浮かべたロワにユヴィは何かを思い出したように

手を鳴らした。

 「まさか貴方が空から降ってきたのは…!!」

 「多分魔女の転送魔法のせいだね。ルフィト・ズィーヴェと結託して

寝ていた僕を隅っこに落っことしたんじゃないかな?」

 「つまり貴方寝る時は全裸スタイルなのね」

ユヴィは笑いを堪えきれなくなり、噴き出す。大きく肩を揺らすユヴィーリアの

横でロワはゆでだこのように真っ赤になる。

 「い、今は違うよ!?ユヴィのとこに居候させてもらった頃からちゃんと服を

着て寝てるからね!?で、何が言いたいかと…ツヴァイ、僕も昔は泣き虫だったし

 すべてに目を向けようと必死だった。下手したら殺されるまで僕がこの国を

守らなきゃいけなかったからね。君は不完全ではあるけど僕のいいところを

受け継いでいる。なんだか息子が一人できた気分」

 「そういえばずっと思っていたのよね。あなた達まるで親子みたいって」

 「ある意味間違ってはいないけど」

 「で、では…お…お父さん」

 「うえぇやめてぇえ」

ぼそりとつぶやいたツヴァイの言葉にロワは身をのけぞらせる。

 「えぇえ!?恥ずかしいのを我慢したというのに!!」

 心底気持ち悪そうなに顔を歪めたロワにツヴァイは殴りかかった。

 「でも、また裏切るかもしれない私を殺す理由にはならなかったのか?」

 恐る恐る聞いたツヴァイをロワはこづく。

 「ツヴァイは最初僕のことを暗殺者だと疑っていたよね?それはあながち

間違いじゃない。 本当はあの憎い影武者を殺してやろうと思ってたんだ。僕が謀反を

されてからは影武者はズィーヴェしかいないはずだからやつはきっといると思ってね。

でもそこにはいる筈のない君が…ツヴァイがいた」

ワインより伝って落ちた結露でロワはその白い雪のような指で八枚の花弁をもつ

花を描いた。そのうちの六枚の花弁をすっと指でふき取る。

 「いくら自分が嫌いでも人畜無害そうな自分自身を殺すのはさすがに気が引けるよ。

 自分の葬式は何度もやってようやく慣れてきたけどね。あぁ…でもやっぱ自分と同じ顔のお葬式は何度やっても不思議だった。綺麗に残る自分もいればちょこっとしか

帰ってこない時もあったよ」

 「うげげ…よく平気でいられるわね」

 「もう6回やったからね」

 机の上に残った花弁は二つだけになった。

ロワはふにゃっと笑った。すでに両親のいない見た目が王子の陛下、

ルフィト・クルヴァスの齢はもうその見た目から数十年はすぎている。

その間に6人もの影武者が死んで行った。初めは正直いってかなり堪えたものだ。

しかし人とは恐ろしいものでどんなことにでも慣れてしまうのである。

 「戻ってこなかったものは研究材料および戦利品としてオルティアージェに

持ち帰られたのでしょう。全くおぞましい集団です」

 潜水艇の様子を見に行ったジビエが階段を伝って降りて来る。

 「ご苦労様ジビエ・リッター。潜水艇はどうだった?」

 「問題ないです!いつでも発進できるようになっています」

ビシッと腕を後ろへ回し、胸を張ってジビエはかしこまる。その姿はまさに

真の騎士であった。

 「だから…今はロワなんだってば。僕は今、玉座を奪われた身だから

君がかしこまるほどの価値はないんだよ?」

ジビエは頑なにその姿勢をやめなかった。

 「いえ!再びこの国に君臨なさる王であります!!」

 「今時珍しいほどの忠誠心を持っているわね」

 「リッター家は特に陛下に拾っていただいた大変なご恩がありまして…」

 「あぁ、もういいからいいから。潜水艇の操縦方法はどんな感じ?」

 「従来のオルティアージェ式になっており、操縦自体は魔術式を使うものよりも

単純で操縦しやすいかと…」

 「そっか、じゃあジビエよろしくね」

 「はい!承知いたしました!!え?」

 思わず元気良く返事をしたジビエは慌てて聞き返すが時すでに遅し、

ロワの不敵な笑みがそこにはあった。

 

 

◆ 

 

 

潜水艇の内部は物々しい機械で埋め尽くされていた。

ところどころで光が点滅し、コードが垂れ下がっている。

 窓から見える景色は幻想的で唯一の癒しであった。

 「お城の真下から攻めるなんて誰が思いついたのかしらね」

 「良いアイディアだと思うよ。多分あいつは気づいているだろうけど」

ツヴァイは額を窓に張りつけ、細かい変化ごとに逐一反応していた。

 「城はこうやって建っていたのだな!」

 水中から見る王城は数本の柱によりそこでとどまっていた。

 柱の表面には魔術式が刻まれており、素材の強化を行っている。

 「はぁ…潜水艇の運転はさすがにやったことはないので心配です」

 「大丈夫大丈夫馬と同じ」

 「全然違いますっ!!」

 涙目になりながらジビエは舵をとっていた。潜水艇は柱を目指してどんどん進む。

 「タリズマンで潜水艇を作るなんてどれくらいかかったのかしら?まさかあの懐中時計を一個一個ちまちまと溶かして制船していたとはねぇ…」

 流れる水中の景色を眺めながらユヴィーリアは溜息をつく。

 「僕も随分と恨まれたもんだね。ユヴィはここまでついて来てくれて

今更だけど僕に言いたいことたくさんあったんじゃないの?」

ロワはユヴィーリアの眺める窓の横に座る。

 「まあね。でもそれは貴方の価値ができてから言うことにしたわ。

 玉座を奪い返すまで私は見守ることにしたの。それから貴方にはうんと文句

 言ってやるわ」

 「そっか、ユヴィはやっぱり男前だねぇ」

 「貴方よくも何度も何度も女の子にそういうこと言えるわね!」

 拳を上げたユヴィーリアから逃げ出しロワはツヴァイの後ろへ隠れた。

 「我が息子よ。あの者から守っておくれ」

 「相変わらず緊張感がないなロワは」

 今から王城へ乗り込もうとするときにでもロワは緊張を見せることもなく、

 冗談を言えるほどリラックスしていた。

 「人より長く生きるとこうなるのさ」

 「少しはもちなさいよ!」

 「あた!?」

フェイントをかけたユヴィーリアのチョップがロワの額にクリーンヒットした。

 「こちらはまるで母親のようだな」

 「ユヴィは将来肝っ玉かあちゃんになるよね絶対」

 「もう一発ほしい?」

 「それは遠慮したい」

はしゃぐ三人と対象的にジビエの眉間にはシワがよっていた。

 「陛下、今の王城の状況を知っていますか?」

 「王が立てこもりとか引きこもりみたいな?」

 「私も跳ね橋をあげられてからは王城には帰れない状況になっているので、

 詳しくはわかりません。ルフィト・ズィーヴェは陛下になりすまし、

 近衛騎士は城下町にて待機させ、その他の者をほとんど追い出すように

外へと…」

 「うーん、わかんないや。あいつの考えていること。あいつは特別イレギュラーな

存在だからね。僕をも凌駕する魔力と自我、そして知能を持って生まれた。ふふ、

 本物が見事に出し抜かれてこのざまだよ」

すこし情けない顔をしたロワは深くため息をつく。今までない人らしいロワの一面を

見たような気がした。

 「本当はあいつにこの国を任せたほうがいいのかもしれない…。でもね?この国を任されたのはまぎれもないこの僕で、完成された永久機関の魔法と万華鏡の魔法を受け継いだのは僕一人なんだ。だからあの玉座は僕のためにしかないんだ」

まるで自分に言い聞かせているようであった。

 重責を負うことになんの疑問を感じていない彼にユヴィーリアは

 ゆっくりと首を横へ振った。

 「貴方、あの騎士を上回るまじめだということに気づいていないわ」

 「そうかな?」

 彼は小首をかしげる。

 「もう少し肩の力を抜いた方がいいわよ。一国民からの意見として受け止めておいて」

 「了解」

 「もうすぐ突入します。陛下、ご準備を」

 柱が目前にまでせまり、潜水艇に取り付けられたひとつの大きな

剣が展開する。

 「衝撃に備えてください!!!」

 

 

 

 

「っ!!?何事!!?」

 激しい揺れとともに轟音が鳴り響く。

テムノータは崩した体制をすぐに整え、衝撃の元へ走り出す。

 衝撃は地下からであった。踏み外さない程度に慌てて階段を降りると

 そこには床を突き破った潜水艇があった。

 「まさか…」

 「やあ、驚かせてすまない。…君は見かけない顔だね?」

 「ルフィト・ロワにルフィト・アハト…!!?」

 「よく知っているね」

 「その服装は…なるほど、あの同行者は貴方だったのですね」

テムノータの目の前には行方を追っていたルフィト・アハトの同行人と同じ服装をしている王がいた。テムノータにしてみれば一度にルフィトが並んでいる場面に

 あったことがなかったため、同じ顔の並ぶこの光景は異様であった。

 「君は誰?」

 「テムノータ・ミュグス・シュタールで

 ございます。ルフィト陛下」

 「…その名前の感じ、オルティアージェから来たね?」

 「はい、その通りでございます。わたくしは

 オルティアージェから参った使者です」

テムノータは深々と頭を下げる。

 「よくぞ戻られました陛下…ルフィト・ズィーヴェ様がお待ちです」

 潜水艇で乗り込んだ箇所から漏れ出ていた水はもう止まっていた。床にはすでに

魔術式が再構築され、潜水艇の周りを覆っていることにジビエはきづく。それほど

 ルフィト・ズィーヴェの力が恐ろしいほどのものであることを実感する。

 

 

 

 

「やあ、結構早かったねパパ」

 玉座にゆったりと座っているのは自分と同じ顔。大嫌いな顔である。

 「どこがだ。三年も戻れなかった」

ロワの口調は自然と威厳のある本来のものに戻る。

 「もう少しゆっくりしていってもよかったのに」

ズィーヴェはやれやれと首を振る。豪奢な服に身を包んだ

彼は一段とキラキラとしている。

 「折角親子揃ったんだ。ゆっくりお話しよう」

ズィーヴェは玉座から腰をあげ、ロワとツヴァイの手をとる。

 「お連れさんもどうぞご一緒に。食事でもとりながら…ね?」

ズィーヴェは指をならす。謁見の間に空中から長いテーブルと椅子が降ってくる。

 「転送魔法か…」

 苦虫でもかみつぶしたような顔をしたロワへズィーヴェは

 はっとした顔を見せた。

 「思い出しちゃったかな?パパを放り投げちゃった時のこと」

あらわれた椅子に腰を掛けながらズィーヴェは微笑む。

 「あぁ、鮮明にな」

ズィーヴェの楽しそうな声とは裏腹にロワの不機嫌そうな声がかみ合わなく、

なんともいえない空気で晩餐会がはじまった。食器が奏でる静かな

音のみがこの無駄に広い謁見の間に反響する。

(食事が喉を通らないわ…)

 (私も同じだ…今にもロワが爆発しそうで…)

 (じ、自分も食事をいただいてよかったのでしょうか…)

ひそひそと話を始める三人にズィーヴェは心の読めない笑顔を振りまく。

 「楽しそうなお友達がたくさんできたねパパ。隅っこでの暮らしはどうだった?」

 「どうもこうも僕がひどい目にあったという事実しかない」

 「そう?玉座で死にそうになっていた時よりも顔色は良くなっているよ」

ズィーヴェは赤いワインの継がれたグラス越しにロワを写した。

 血のように赤い瞳がより一層濃く映し出される。

 「お前の目的は一体なんだ」

 「目的?それはもちろん謀反。僕はたまたま生まれた。パパから生まれた新たな自我。

パパの記憶は全部持っているし、パパよりも強い。パパよりも賢い…でもね、神様は

完璧なものは嫌いなみたい」

わざとらしくがっくりと項垂れたズィーヴェ。ロワは皿乗った肉へフォークを勢い

 よく突き刺す。ズィーヴェは対照的にゆったりと突き刺した。

 「何が言いたい」

 遠回しな物いいをするズィーヴェにロワの苛立ちが見える。それを三人は

 ハラハラと見守る。

 「たくさんの知識と魔力を持って生まれた変わり僕は長くはいきられないんだとさ」

ズィーヴェは口に運びかけたフォークをおろした。かつんと物悲しい音が響き渡る。

 「魔女さんに聞かされた時はどうしようかなって思ったよ。このまま生きてただで死ぬのはやだなって思った。だからパパに謀反しようと思った」

ズィーヴェはおろしたフォークの矛先をロワへ向ける。

 「僕を恨んでいるのか?」

 「さあ、どうだろうね。長くない人生だからやりたいことを

 やったよ。空泳ぐ鉄の塊をパパの落書きから作った。便利かもとパパがメモしていた

転送魔法の魔術式を完成させた。新しい魔法もいっぱい作った。

そして、パパが頭を抱えていたオルティアージェとの国交も今からよくなる」

ズィーヴェはテムノータへ目を向けた。

 「オルティアージェは魔法を打ち砕く鋼鉄タリズマンを発見しました。魔法に

打ち勝つ方法を見つけたのです。これにより、オルティアージェとクルヴァスは少しでも互角に近づいたのです。オルティアージェの機械とクルヴァス魔法が組み合わされば

 きっと世界はもっと発展いたします。…未開発区の役にもたてるかと」

 「まだまだ問題は山積みだけどオルティアージェは歩み寄ってくれるみたいだよ」

これではまるで…。

 「……」

これは僕への当てつけなのだろうか?

 「完璧なものはどこにもない。永久機関の魔法だって人に心というものが

有る限り有限なんだ。そうでしょ?パパ」

ズィーヴェの言葉にロワの顔がゆがむ。

(…これって謀反というより)

 (そうだな…)

ユヴィとツヴァイにはズィーヴェがロワの身代わりになっているようにしか見えなかった。

 「僕はパパのこと全部知っているんだよ。

 料理下手くそだけど運動神経抜群で空を飛ぶことが夢で新しい魔法考えるのが好き

 で詩とか雪が大好き。泣き虫で真面目で、でも素直じゃなくて我慢強くて責任感があって…そのせいで両親に与えられた枷を自分で壊すのを当の昔に諦めたことも」

ズィーヴェはにこにこと笑う。反面、ロワは今にも泣きそうな顔を

見られまいとぐいっと下を向いていた。ロワは心臓を串刺しにされている気分であった。

 「楽しかったでしょ?外の世界。あんな冷たい椅子の上で座っているよりも」

 今は誰も座っていない玉座はさみしげに自分を見ている。

 「…あぁ 、楽しかった」

 「よかった。ちょっと強引だったからね。もうパパの心はすり減って

消えちゃいそうだったからお休みをあげて代わりに僕がこのつまんない椅子に

座ったのさ」

 「やめてくれ…僕は戻らなきゃいけないんだ」

ロワの体は小刻みに震える。ワインの中にうつる自分は…それはそれは

 もうひどい顔になっていた。

 「あ、そうそう。ルフィト・アハトは実は僕と魔女さんで

作ったんだ。君は記憶を曖昧にしてパパが時を刻まなくなる前の君を想定して

作った。昔のパパを思い出させるためにね」

ツヴァイは目を大きく見開く。自分は不完全な存在ではないことに

 ひどく驚かされたのだ。

 「やめろ!!ズィーヴェ!!!

 僕は戻らなきゃいけないんだ!逃げられない!けっして逃げられない。

 諦めたのに…やめてよ…やめて…」

 食事に一切手をつけていないロワを見てズィーヴェは悲しそうであった。

 「美味しい食事が冷めちゃう…食べて」

 「美味しくない…これからまたあの椅子に座らなきゃ行けないのに。どうして

 こんなことをするんだよ…」

 玉座という言葉は消え、自らの口からあの椅子という言葉が出ていることに

自分で驚く。

 「ロワ…国民ありきで国なんだから自分が一人で何もかもやらなきゃって

思わなくたってもいいんじゃない?」

 「…ユヴィ…でも僕には」

 「だから言ったじゃない。貴方はちょっと真面目すぎるのよ」

 「そうだ。頼ってくれてもいいのだぞ?お、お父さん…」

 「よかった。パパにいいお友達が出来て。パパの大冒険は大成功ってわけだ。

これで思い残しはほとんどなくなったよ。

さてと、じゃあ最後に僕のやりたかったことをやってもいいかな?」

 

 

 

 

 

 

食事が終わり、机と椅子が謁見の間にまだ香りが残る。

ふんわりと笑ったズィーヴェはテムノータを呼ぶ。ズィーヴェは横に立ったテムノータの帯刀する刀を一本鞘ごと引き抜き、片方の手で空中に魔術式を描く。その魔術式へ向かってズィーヴェはそれを投げる。

 「ぐっ!!?」

 転送魔法によって投げられた刀は

 ロワの体を串刺しにした鞘が乾いた音を立て、離れた場所に落ちる。

 「ロワ!!?」

 「…痛くない」

 確かに刀は体を貫いていた。しかし、それはロワの体のどこも傷つけて

 はいなかった。

 「タリズマンによる応用法。一度発動すると強力な魔術式を簡単に破壊できるのは

 かなり魅力的だね」

 「…そんな…まさか…」

 「はい、永久機関の魔法は砕け散った」

ロワの体から魔術式があふれだす。それと共にタリズマンで出来た刀は

 その場でガラスのように砕け散る。

 「うわぁタリズマンが消えるほどの力だったんだ。さて、これでパパは自由だよ。

 雪のように溶けていなくなることもできる。時も刻まれる。背も伸びる。僕とおんなじ

立派な王家への謀反者。うっ」

ズィーヴェはその場で激しく咳き込む。テムノータはズィーヴェの背中を

 さすりながら語る。

 「ズィーヴェ様にもう力はほとんどありません。時間なのです。

 陛下が間に合って本当によかった」

テムノータの安心した声にズィーヴェはこくりとうなずく。

 「ズィーヴェお前は…」

 「ぐ…ごほごほ…ちなみに永久機関の魔法と万華鏡の魔法の資料も全部焼き捨てたからもうパパにはもうなす術はないよ」

その場に立つこともままならないズィーヴェはテムノータの肩を借りて息も絶え絶えに

言葉を紡ぐ。

 「最後に聞いておくよ。影武者からの謀反(おやこうこう)はどうだった?」

 「何にも変えがたいほど最悪」

 「そりゃよかった。じゃあこれは僕からのほんの雪解け水」

ズィーヴェはその場で天高く手をのばす。天井にはまばゆいほど魔術式が刻まれる。

 「これからのためにね。いっぱい魔法を開発したんだ。きっとオルティアージェ

 との開発にも役に立つよ」

 天井には転送魔法が張られ、そこからはうもれるほど大量の資料が降ってきた。

 「これを全部か?」

 「もっちろん僕のオリジナル。じゃあまたねパパ。どうかゆるやかに

僕の後を追ってくれると嬉しいかな」

ズィーヴェの体が揺らめく。だんだんと空中に溶けて行くように消えて行く

 ズィーヴェへロワは手を伸ばし、頭を撫でる。

 「ありがとう…ルフィト・スノウ」

 「何それ新しい名前?ふふ、変なの。でも褒められちゃった。こりゃうれしいもんだね」

 魔力によりボロボロになっていく運命のルフィト・スノウはこの時を生きていたと

 いう痕跡も残さず消えてしまった。

 「な…なにも帰ってこないのは初めてだよ…。

どうやって供養すればいいか…わかんないや…」

かすれた声と嗚咽をもらし、力が抜けてその場で崩れ落ちそうになった

 ロワをユヴィーリアとツヴァイが支える。泣き崩れたロワをユヴィはそっと抱きしめる。

 「もう慣れた…そうじゃないの?たしかそう言ってなかった?」

 「目の前で消えられるのには慣れてない」

とめどなく頬を伝う涙をツヴァイがぬぐう。

 「わ、私は消えないぞ!?ロワ」

 「うん…ありがとう。久しぶりだよ…こんなに泣いたの」

ロワはそのままユヴィーリアへ身をゆだねる。

 「うわっ!!ちょっと鼻水!!!ぎゃああ離れてぇえ!!」

ユヴィは今度は必死にはがそうとロワの頭をグイグイ押した。

 「やだ。僕の騎士は僕を守らなくちゃいけないでしょ?」

 「ちょっと誰かぁあなにか持ってきなさいよ!!」

 「あわわ、今すぐなにかお持ちしますっ!!」

 慌てて走ろうとしたジビエはふと床一面が資料にまみれていることにきづく。

 「うわわ!無理です!すぐには無理です!!」

 「全く散らかす癖があるのも貴方と同じね」

 見かねたテムノータはポケットからハンカチを取り出し、ロワへ渡す。

 「ぐす…そろそろ行くよ。いつまでも駄々をこねているわけには行かないからね」

ロワは涙でぐちゃぐちゃになった顔をユヴィとツヴァイから退けるとくるりと背を向ける。

 「…今度からは思いつめないようにする。

 疲れたらツヴァイに八つ当たりするよ」

 「ひどい父親!!」

そのまま赤い絨毯の先、玉座へ彼は歩んで行く。いつも長いとうんざりしていた絨毯は

 ひどく短く感じた。

 「…さてと」

 座り心地のいい冷たい椅子の上へルフィト・クルヴァスはすとんと

腰をおろした。そしてツヴァイに向けて手を伸ばす。

 

 

 「手紙を拝見しよう。ツヴァイ殿」

 

 

 

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